そしてバリ島へ戻りました

前回の続きです。日本への一時帰国をするまでの1週間程、寝巻き替わりに同じ服を着続け、その服をベッドへ置いていく事にしました。

汚いですが、まだ生後3ヶ月のウナ・デュイに、私の存在を忘れられないようにするための対策です。私の臭いのついている物を置いておきたかったのです

K兄には、この服を絶対に洗濯しないようにする事と毎日ウナ・デュイの写真や動画をLINEで送ってくれるようお願いをしました。

まだウナ・デュイが我が家へ来る前に決めてしまった日本への一時帰国ですが・・・一番かわいい盛りの子猫の期間、しばらく会えなくなってしまうのがとても辛く、私は少し後悔をしていました

そして私はバリ島を後にしました。羽田には終電時間ギリギリに到着をするため、A子の旦那とA子、B子が車で迎えに来てくれました。その後A子宅に1泊することにしました。

A子の家には祭壇が設けられ、おばちゃんのお骨が安置されていました。私は到着してすぐにおばちゃんへお線香をあげさせてもらい、今までのお礼とお別れをしました。

主観になりますが、四十九日が終わる前にお線香をあげる事ができたので、きちんとお別れができたような気がします。そして翌日、妹宅へ送ってもらいました。

妹宅に到着をした翌日から、早速片道40分程の自転車通勤が始まりました。自転車はA子の旦那が貸してくれたものです。

仕事内容は思っていた以上にハードな肉体労働でしたが、自転車通勤とその仕事のおかげで、日本に居ても太りませんでしたむしろ体が締った感じです←もう、元に戻っちゃったけどね

おじさんがA子の実家近くの病院に入院をしているため、この頃A子は実家に戻っていました。そして私が日本に到着して1週間程たった頃、やっとA子の時間が空いたのでA子の猫に会いに行きました。

A子の猫はもうほとんど動けない状態でしたが意識はあって、私に甘えてきました。最後になるかも知れないのでずっと撫でていました。

そしてその2日後・・・いよいよその時が来てしまいました。A子の猫は天国へと旅立ちました。覚悟はしていたものの、やはりショックだったA子は誰にもその事を言えずにいました。

翌日の朝、A子の旦那が出勤をしていた私のところに来て、A子の猫が亡くなったのを知りました。私はそのまま仕事を早退し、A子宅でA子が実家から戻って来るのを待っていました。

A子は猫を入れた箱を抱えて戻って来ました。涙を流していましたが、もう大分落ち着いていました。箱の中でお花に囲まれたA子の猫を見てしまうと、私も耐えられず泣けてしまいました。生きている間に会えてよかった・・・

A子の旦那がペット斎場で火葬の予約を取っていたので、A子とペット斎場へ向かい2人でA子の猫のお骨を拾いお別れをしました。

そしてA子の猫が天国へ旅立った10日後位に、A子の父親も息を引き取りました。おじさんは私が日本に着いた時、すでにお見舞いへ伺える状態ではなく、結局生きている間に会う事は出来ませんでした。

仕事は3日程休む事になりました。A子の旦那は立場上、平日に休みを丸1日取ることが出来ないので、私がA子と一緒に葬儀の最終見積もりと打ち合わせを行い、その翌日にはお通夜、そして2日後にお葬式となりました。

お葬式はA子やA子の親族の希望通りに行う事ができました。そしておじさんにも最後にお礼とお別れをすることができました。A子の旦那は親族の送迎などがあったため、B子がお位牌、私がおじさんのお骨を抱いてA子の実家へと向かいました。

A子はお葬式を滞りなく終わらせることが出来た事もあり、実家に着いた時には、長かったおじさんと猫の介護、おばちゃんのお葬式など総てのことが終わって、肩の荷が下りた様子でした。

私もその翌日から仕事に戻りました。それからというもの・・・月曜日から土曜日までフルタイムの肉体労働、仕事から帰ったら妹の子供の相手、休みは1日中子供の相手をするか他の友人と食事に行ったりし、週に1~2度はA子の家に泊まったり、B子も含め飲み明かしたりとバリ島での引きこもり生活とはまるで反対の状況です。ウナ・デュイには、ほぼ毎日夜にFace Timeで話しかけていました。

忙しいとそれはそれでストレスになるのか、なぜか日本いるのに・・・ずっとお腹を壊していました

日本に帰ったらバリ島では余り食べる事ができない、とろ~りチーズとかクリ~ミ~な何かとか、こってりマヨの卵サンドとかハンバーグとかパリッとウィンナーとか食べよう!って考えていたのに・・・

疲れのあまりさっぱり系の物しか体が受け付けず、本当に残念でした楽しみにしていたセブンイレブンのおでんもバタバタしている間にいつの間にか終了してしまいました

日本のテレビもゆっくり見たかったけど・・・テレビを付けていても、妹の子供がうるさすぎてほとんど内容は頭に入りませんでした

そして妹は私と本音で常に会話ができるようになったため、幼稚園で起こった出来事等をいつも相談できる状態になったことで、大分精神的にも安定したようです。甥っ子の転園も考えましたが、妹もやっと勇気を出して幼稚園と相談ができ、その幼稚園が真剣に甥っ子や他の保護者への対応をしてくれることになりました。

日本にいた間に母親の命日やお彼岸などもあったため、弟も呼んでお墓参りもできました。弟はすっかり成長した甥っ子が余りにも・・・な状態を目の当たりにし大変さを理解したようで、今後は頻繁に妹宅を訪れ、子供達の相手をすることを妹に約束していました。

そして妹の旦那の両親も私がバリ島へ帰った半月ほど後で日本に来ることが決まりました。これで一安心です。

ウナ・デュイの避妊手術の日にちも決まり、私もその日までに帰れるようエアアジアのバリ島行きチケットを一番安い日で予約をしました。

正直この頃は早くバリ島へ帰りたい一心でした。約2か月半ほど日本にいましたが、平日だろうが休日だろうが1人になれる時間は無く、常にフル活動状態でお腹もずっと調子が悪いし疲労困ぱいです私にとっての日本って本当に目まぐるしくて忙しい!そして早くウナ・デュイに会いたい!!!

あれ?最大目的の確定申告は???

実は日本に着いてから納税管理人について税務署に問い合わせた時に、私が確定申告の締切日だと思い込んでいた3月16日は、確定申告による納税義務がある人の期限で、還付申告については1年中いつでも申告ができる事を初めて知ったのです←常識ですよね・・・スミマセン^_^;

それさえ知っていれば・・・わざわざ花粉がひどい3月に帰国せず(ひどい花粉症なんです)、食べ物もおいしく過ごしやすい秋に一時帰国の計画をしていたことでしょう←これも必然ですかね?

なので、3月はA子の事もあり見送って、帰国直前に確定申告をしてきました。時期が外れて空いていたので、サクっと1時間もせずあっけなく終りました。申告書も税理士さんがほとんど書いて下さいました←やっぱ妹に行ってもらっても良かったような・・・

そして、日本への一時帰国前は、バリ島での生活や自分を見直そうなどと考えていましたが・・・そんな事はバタバタとした日々と忙しさの余り忘れてしまいましたヽ(`ω´*)ノ彡

結局わかった事は・・・そんな状態で日本にいても、お腹を壊して結局食べたい物も食べられず、残念なことにこれではバリ島にいる時とあまりかわらない状態です。そして・・・なにより日本って忙しくて疲れる←お酒はいっぱい飲めたけどね

私ってば、いったい何をしに日本にまで行ったんだろうか・・・

まぁ、そのおかげもあって、今は多少嫌な事があってもむやみやたらに日本へ行きたいとは思わなくなりましたバリ島だろうが日本だろうが、楽しく過ごせるかどうかは自分次第だと思えるようになりました

もしまた日本へ行く機会があったら、次は里帰り気分でゆっくり過ごしたいなぁ←今のところ全く帰国の予定なしですけどね

そして日本に滞在中の私にとっては最大の心配事・・・ウナ・デュイは私の事を覚えているのか!?

バリ島の家に帰って来ると・・・ウナ・デュイが駆け寄ってきました!大丈夫です!覚えていてくれました~

すでにバリ島が乾季に入っていたこともあり、静かな家でウナ・デュイと引きこもりをしていると・・・やっぱりここが私の居場所なんだ!ってしみじみ思いました~

そしてバリ島へ帰った私を待ち受けていたのは、家中の大掃除でした~←本当に男の一人暮らしってダメですな・・・

これでバリ島移住直後の出来事を完結いたします。書き始めた時はこんなに続けて書く予定では無かったのですが、不覚にも数日に渡り書き続けてしまいました。自分でも嫌になるほど長くなってしまったのに、最後までお付き合いいただきありがとうございました(。>ω<。)ノ

次回からはまた日常のブログに戻ります!コメントでも愚痴を書く事をおススメいただきましたので、遠慮なく愚痴も書いて行きたいと思います~(ノω`*)ノこれからもどうぞよろしくお願いします



バリ島に帰ってきたよ~

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偶然は必然

前回の内容の続きです。エアアジアで日本行きのチケットを取った事でだいぶ気持ちも楽になり、12月は雨漏りをしようがカビが生えようが「あと3ヶ月後には日本に行ける!」と考えると全く苦痛を感じなくなっていました

1月になると、ウナ・デュイも我が家にやってきて、やっと念願だった猫との暮らしも始まりましたK兄の仕事も安定し、収入が得られるようになり、この頃にはもう日本の事はあまり考えてはいませんでした

2月になり、だんだん日本への一時帰国の日が迫ってきています。この頃になると「飛行機のチケット取るの早まったな・・・」「やっぱ妹に確定申告頼めば良かったかな・・・」等と考えるようになっていました

ダメもとでエアアジアのキャンセルについて調べてみると、やはりチケットの料金はエアアジアに非がある場合にしか戻って来ず、その手続きすら大変そうなので取りあえず日本には行くしかないか・・・とあきらめていました

でも、私にはどうしても日本で買ってきたい物があり、仮に友人がバリ島に来る予定があったとしてもお願いできるような代物ではないので、気持ちの中ではその品物を日本に買いに行くついでに確定申告をして来ようというノリになっていました

飛行機の予約を取った時点では、いろいろ理由をつけて6ヶ月位日本で働いてきちゃおうかな~なんて思っていましたが、ウナ・デュイが来たことにより、日本では確定申告と買い物を早々に済ませて飛行機のチケット代分だけ稼げたら、早くバリ島へ帰って来ようと考えていました

ところが・・・この日本への一時帰国まで後もう少しというタイミングで、思わぬ事態が次々と起こり始めました。

私には今でも頻繁にやり取りをしている幼馴染がいます。一人は幼稚園の年長からの付き合い(仮にA子とします)で、もう一人は小学校2年生からの付き合い(仮にB子とします)です。

私も含め、皆結婚こそはしているものの子供がいない事もあり、こんな歳になっても子供の頃と変わらず頻繁に3人でつるんでいました

この頃、A子が子猫の時から飼っていた猫が体調を崩していたのは知っていたのですが、1月の終り頃、いよいよ末期の状態になってしまった知らせをうけました。その猫はもう17歳です。A子は「長くは持たないと思うけど、できるだけのことをしてあげたい」と言っていました。

私も子猫の時から知っている猫です。A子は当然相当なショックを受けていましたが、私も衝撃を受けました。

そして2月半ばには、A子の父親が命に係わる病気であることが判明したのです。A子は一人っ子のため、親の介護と猫の介護と仕事をしなくてはいけない状況に追い込まれました。

私の両親もA子のおじさんと同じ病気で亡くなっているので、A子の話からおじさんの状態が予断を許さない状況なのが手に取るようにわかりました。もしかして日本へ帰国をする頃には・・・危ない状況かもしれないと思いました。

私の元実家とA子の実家は歩いて数歩の距離です。当然A子のおじさんには私も子供の頃からお世話になっていました。居てもたってもいられない気持ちになりましたが、まだ私はバリ島にいるのでどうすることもできません。

そして2月も下旬になり私の一時帰国が差し迫った頃、今度はA子が同居をしているおばちゃん(旦那の母親)が急に亡くなったのです。前日までとても元気だったのに・・・

A子は本当の母親のようにおばちゃんを慕っていたので、さらに落ち込んでいました。私、K兄、B子も毎年行っていたA子の旦那宅近くの花火大会で、いつもおばちゃんが作ってくれたおにぎりやおつまみを楽しみにしていました。

A子の家(旦那宅)によく泊まりに行っていたのですが、おばちゃんは嫌な顔一つもせずにいつもニコニコして迎えてくれました。私はA子宅に泊まった際に何回もおばちゃんの部屋を間違えて開けてしまい、いつも笑って許してくれました・・・

そしてA子の旦那から、私へある提案がありました。自分も母親を亡くしてしまいこれから葬儀や四十九日などで大変になるし仕事もある。私が日本に帰ってきたらできるだけA子の支えになってほしいので、自分の家族が経営をする会社で仕事をしないかということです。

私が日本で滞在予定の妹宅とA子の家(旦那宅)や経営をする会社は自転車で40分もしない距離です。

なので、日本に帰ってからの仕事をA子の旦那家族が経営をする会社でアルバイトをすれば、おじさんや猫に何かあった時はすぐに仕事を休めるので、その時はできるだけA子の近くにいて欲しいということです。

私にとっては、仕事があるかどうかもわからない日雇い派遣の仕事をするよりもありがたいし、何かあった時に気兼ね無く仕事を休む事ができるので、A子の旦那家族が経営をする会社で働くことにしました。

B子は現在他県に住んでいて仕事もあるので、休みの日以外はなかなか自由がききません。なのでB子もこの提案には大賛成でした。

B子は、もしシロブチが日本にいなければB子が仕事を調整してA子の支えをしていたと思うけど、それでも仕事や住んでいる場所の関係上、全てをサポートするのは難しかったと思うと言っていました。私がこのタイミングで帰国をすることになって本当に良かったとホッとしていました。

そして私は、お世話になったおじさんやおばちゃんへ最後のお礼とお別れができることや、A子の猫にも最後に会えるかもしれないと考え、日本へ帰国できることをありがたく感じていました。

また後で知ったのですが、この頃は妹も今までにない位子育てに悩んでいた時期でもありました。

幼稚園に入った甥っ子が余りに元気すぎる為、幼稚園で様々なトラブルを起し、母子共に幼稚園内で孤立をしてしまっていたのです。あわせて下の姪っ子の病気の事もあり、疲労困ぱいし精神的に限界の状態でした。

妹の旦那(外国人)は、日本に自分の親を呼んで一時的にでも妹の負担を減らそうと考えていましたが、それにはあと数か月の時間が必要でした。その数か月のタイミングにドンピシャで私が日本に帰国をすることになり、自分たちの家に滞在することになったのでかなり安心をしたようです。

当初は、K兄の年金脱退一時金の確定申告を理由に、バリ島を離れてバリ島での生活について見つめ直す予定だったのが、そしてあわよくば日本でちょっと稼いで来ようしていたのが、全く予測をしていなかった事態になってしまいました。

この時私は何か見えない力によって、これらの出来事と合わせるかのように3月上旬に日本へ帰国せざるを得ないよう、仕組まれた気がしてなりませんでした。

バリ島へ移住をしてからの貧乏も、トドメで車を買ってしまったことも、それにより年金の脱退一時金と確定申告が必要になったことも、バリ島に移住をしてからのストレスや骨折、風邪で寝込んで引きこもり状態になったことも、それがきっかけでバリ島のブログを読むようになったことも、ブログを読むことによってバリ島移住を考えさせられたり、エアアジアの存在を知って日本への帰国を決断できたことも・・・

全てが偶然ではなく、3月上旬に私を日本へ帰国させるために起きた必然だったように思えてなりません。

そして再び私がバリ島へ帰って来たくなるように、その見えない力はあらかじめウナとデュイに出会わせてくれたようです。

これが「この世の中に起こる出来事に偶然は無くすべてが必然である」という言葉をしみじみと噛みしめる事になった出来事です。

次回はその後の事や顛末を書いて、バリ島移住直後の出来事を完結したい・・・いや、完結させますこんなに連続させるつもりはなかったのですが・・・私、本当に文章のまとめ能力無しです

もう少しお付き合いいただけると嬉しいです



やっと会えたね

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一時帰国

寝室での引きこもりから立ち直り、少し元気になった私は「バリ島に住んでいる他の日本人の人達って、いったいどうしているんだろう・・・」と急に興味が沸いてきて、それからというもの、バリ島在住者の方達のブログを読み漁っては情報収集をしていました。

また、この頃バリ島は雨季に突入し、またまた虫や雨漏りやカビに悩まされ、K兄とは毎日のように喧嘩の絶えない状態になっていました。

そんな中、あるバリ島在住者の方のブログに、海外移住者の相談役になっている方のサイトが紹介されていました。

そのサイトを見てみると・・・「パートナーとの喧嘩が絶えない場合は、海外生活の不安やストレスを発散する対象が配偶者になってしまっている場合があるので、自分を客観的に見つめ直す為に日本へ一時的に帰国をして、海外生活に距離を置いた方が良いでしょう」というような内容が書いてありました。

まさに今の私の状態では?としみじみ考えさせられたのです。

でもこの時は、日本へ一時帰国か・・・特に理由もなく帰るのもなぁ・・・こんなに早く音を上げて帰ってきたら、せっかく応援してくれた友人や家族に申し訳ないなぁ・・・お金もかかるし・・・と思いましたが、現状を考えると有効な手段かもしれないと思い非常に心を揺さぶられたのでした。

そしてもう一方では、バリ島在住者の方のブログでいろいろな方がエアアジアのビッグセールを話題にしていました。

エアアジアって聞いたことあるけど、どんなのだっけ?という軽いノリでエアアジアのサイトを見てみると、なんと!日本まで片道2万数千円で行ける日もあるではないですか!

私は「これは・・・今の私でも日本へ行けるのではないか・・・?」と思わずにはいられなくなったのでした。

時を同じくしてちょうどこの頃、K兄が日本にいた時に納めていた年金の脱退一時金申請をしていた頃でした。

バリ島に移住をしてから、家のリフォームやら物価高やら無収入やらいろいろな物の購入で、私達の経済状況は深刻な状態でした。そんな状況なのに、K兄は車の仕事をしようと考え、友人から車を購入してしまったのです

フライングで車を購入したものの、車を使った仕事のノウハウが私達には無いため、当然ですがすぐに仕事ができる状態ではありませんでした。仕方なく、一定収入のある仕事を探し、車の仕事に関してはそのうち副業で・・・ということになってしまいました

もともとお金もギリギリだった上にこの車の購入がダメ押しになり、借金まで出来てしまいました。

年金の脱退一時金を受け取れば、日本からの年金を受け取れなくなるので不安はあったのですが、この時の私達は脱退一時金をもらわないとどうにもならない状況となってしまったのです・・・

実はバリ島へ移住をする直前に、私達は年金についてどうなるのか年金事務所に相談をしに行きました。

特にK兄は13年間しか日本で働いていないので、年金は受け取れるのか・・・?と思っていたら、日本の永住権があったので、20歳から日本に来るまでと日本を去ってからの期間が海外にいたので年金が払えなくてもやむを得ない期間として免除され、年金を受け取ることができるとのことだったのです。

そしてこの時に年金の脱退一時金についても教えてもらい、書類も頂いていたのでした。

しかし・・・仮に日本の年金を支給されたとしても、その受取り額は1ヶ月で計算すると1万数千円程でした。

K兄は、そんな金額をもらっても今のバリ島でだって足しにもならないのに、何十年後になれば微々たる金額になっているはず。そんな金額を歳をとってからもらうより、今を何とか乗り越える方が大切だと考えたのでした。私としてはその1万円で命拾いすることもあるかもしれないと考えていたのですが・・・

年金はバリ島で個人的に加入をするからと説得され、私も了承せざるを得ない状況でした

年金の話が長くなってしまいましたが・・・結果、日本の年金の脱退一時金を受け取り、借金返済と当面の生活費を工面することができました。

年金の脱退一時金について詳しく知りたい方はコチラ(日本年金機構のサイトです)をご覧下さい

但し、この年金の脱退一時金ですが、20%も源泉徴収されてしまいます!この金額、バリ島ではなく日本でもかなり大きな金額になりますこれは確定申告をすれば還付金としてほぼ返金されるのですが・・・

脱退一時金については帰国をした外国人のみに適用される制度なので、確定申告をしたくても、内容が余りに特殊すぎて確定申告書の書き方がどこにも載っていません

私は必死になってネットでさがしましたが、どうしても見つかりませんでした・・・

これは・・・税務署に行って聞きながら書かないとダメなやつなのか・・・?と考え、妹に相談をしたところ、代理で確定申告を引き受けてはくれたのですが、何せ妹には小さな2人の子供がいます。

幼子2人を連れて、決して近くは無い私達が住んでいた場所の税務署に行かせるのはちょっと酷な気がします。確定申告もどの位の時間を要するのか全くわかりません。

何か良い方法無いかな・・・もうわからなくても適当に申告書を書いて送ってしまおうか等と考えていたその時、上で書いたサイトとエアアジアと確定申告が私の中で1本の線としてつながりました!

私が日本の税務署へ行けばいいのか!

飛行機のチケット代と日本での諸費用は、ちょっと長めに妹の家に滞在し働いて帳消しにすればいい・・・ひょっとしたら少しは稼げるかもしれない!そして例のサイトに書いてあったように今一度日本へ戻り、バリ島を離れてクールダウンをして、バリ島での生活を見つめ直してしてみよう!と思ったのです

日本での仕事については、以前このブログでも書いたのですが、あるトラブルに巻き込まれて予定通りにバリ島に来れなくなった私が、バリ島へ行くまでの2ヵ月程働いていた日雇い派遣の仕事をしようと考えました。ここならすでに登録がされているので、すぐにでも仕事が見つかるだろうと考えました。

K兄にこの事を相談すると・・・二つ返事でOKでした

日本までの片道チケットを一番安い日で選び、エアアジアのサイトで予約をしました。記憶が曖昧なのですが、11月後半か12月前半頃に予約を取ったと思います。日本への帰国は本来の目的である確定申告の期間に合わせて3月上旬にし、帰りの予定は未定のままで・・・

しかし日本へ帰って仕事がまるで無かったら、せっかく源泉徴収されたお金が戻って来てもかなり減ってしまう可能性がありました。なので一か八かの掛けになります。でももうこうなったら日本へ行くしかない!

ところが、確定申告を最大の目的としたこの日本への一時帰国が、後に全く予測をしていなかった方向へと話が変わって行きます。運命って本当に不思議です

私はこの日本への一時帰国で「この世の中に起こる出来事に偶然は無くすべてが必然である」という言葉をしみじみと噛みしめることになるのでした。

ということで、この続きは次回とさせていただきます



この頃はまだこの世に存在していませんでした

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二重苦?三重苦?

余計な事は書かずに昨日の続きから始めたいと思います・・・

K兄と家庭内別居のような状態で、全く話などはせずに過ごしていた昨年の10月下旬頃、ある日私はお風呂に入っていました。そこで事件は起きますΣ(´Д`*)

お風呂に1匹のチョウバエがいました・・・トイレをチョウバエに襲撃された時に兆候があったにもかかわらずチョウバエを放置した結果、大繁殖をさせてしまっていた経緯もあり、その様がトラウマになっていた私はチョウバエ1匹の存在も許す事ができずにいました

すぐさまシャワーをかけたり、手桶で水をかけたりしましたが、そんなことじゃチョウバエはビクともしません。これは物理的に叩き潰すしかないのか?そう思い、上の方に逃げたチョウバエを手桶で叩こうとした時、一瞬体が浮いた感じがして私の視界で天地がひっくり返りました・・・

なんと!バンザイをした状態で滑ってしまい、横向きでおもいっきり転倒してしまいました脇腹と腕、膝と足の小指付近をタイルの床に強打してしまったのです!少しの間息ができず、倒れたまま動くことができませんでした

バンザイをしていたおかげで頭は腕の上に乗っていたため、頭をタイルの床に強打しなかったことだけが不幸中の幸いでした

腕と足に痛みを感じ、ようやく自分が転んだことを理解しました。そして起き上がろうとした時、脇腹に激痛が走りました

この痛みは・・・アレに違いない・・・過去に私は新宿駅の階段で、転んだ人に巻き込まれて階段の下に落ち、肋骨を2本骨折したことがあります。まさしくその時と同じ痛みでした腕と膝と足の小指付近からは擦りむけて血が出ていました。

これは罪のない命を殺めようとした罰なのか?それともこの間のチョウバエ達の復讐なのか?とくだらないことを思いつつ、チョウバエ退治はあきらめて、シャワーで体を流し取りあえずお風呂を出ました。

以前に肋骨の骨折をした際に、湿布をしてコルセットを脇腹に巻きました。その時の医者が「肋骨の骨折はコルセットで固定をする以外に何の対処もできないんだよ」と言っていたのを思い出しました。

なので「全治3週間位かな・・・これからしばらくキツイな・・・」等と思いながら、コルセットがないので、クバヤを着る時に使うステップレス(腰に巻くカマンを固定するもの)を取りあえず脇腹に巻いて凌ぐことにしました。

そんな私の様子を見たK兄はさすがに私に事情を聴いてきました。K兄とはずっと話をしていませんでしたが、私もこんな状態なので、事情を説明しどうやら肋骨を骨折したらしいことを話しました。

K兄は取り急ぎ湿布代わりの塗り薬を買ってきてくれたので、それをステップレスの下に塗りしばらく過ごす事にしました。

お金も無いし病院に行っても意味がなさそうなので、K兄が病院へ行こうと言ってはくれましたが、病院には行かない事にしました。

それからはK兄ともなんとなく話をするようになりましたが・・・というか、脇腹が痛くて手を上にあげる事が出来ず、いろいろと手伝ってもらわないとならなかったので話をする必要がありました。

そんな私に依然としてK兄は外へ散歩へ行けと言います。「肋骨まで骨折して嫌な散歩なんかに行く訳がないのに、何を言っているんだこの男は」とイラッとしていましたが、脇腹が痛いので面倒を見てもらわなくてはならず、我慢をしていました

そして肋骨の骨折をして数日後、なんとK兄が車の整備に行った先で風邪をうつされて帰ってきました。その風邪はすぐに私にもうつりました。

バリ島で初めて風邪をひいたせいか、私の免疫がこの風邪には対応していなかったようで、私だけ39度の熱を出し3日間寝込んでしまいました。この間は一切食事が摂れず、水だけ飲んでずっと寝ていました

肋骨は骨折しているし、高熱を出してもうフラフラです。熱は3日程で下がりましたが、風邪自体はまだ治らずくしゃみ・鼻水・咳で肋骨に痛みが響きます。本当に二重苦でした・・・

私の熱が下がったのを良い事に、K兄はまたもしつこく話の折に家の外へ出るように言ってきます・・・

熱で食事も摂れずにフラフラで、肋骨を骨折していて脇腹が痛く日常生活もままならないのに・・・

風邪もまだ治っておらず、鼻水と咳が出ているし、K兄からはそれでも外へ散歩に行けと責められ、本当に三重苦の状態です。ついでにお酒も飲めない事を入れると四重苦、お金もないので五重苦みたいな状態です

この時私はバリ島に来てからの様々なストレスや体調が悪い事も重なって、精神的にもう限界の状態となりました。もう何もかもが嫌になり、何もしたくなくなってしまったのです。

K兄と顔を合わせると外に出ろとうるさく言ってくるので、寝室から出るのも嫌になり、完全な引きこもりと化しました。何もする気が起きず、ずっとベッドに寝転がりトイレ以外で寝室からは出ないようにしました・・・というよりは、寝室から出られなくなりました。

もう誰とも話もしたくないし何もしたくない状態で、友人からのLINEもすべて放置し既読もせず、食事も摂る気にならず、時折無料の携帯ゲームのアプリを開いて眺めるか、寝ているかのどちらかしかしていませんでした。死ぬ気はなかったので、水だけは飲んでいました。

もう、何かを考えるのが嫌で、この時は本当に考えるという事を停止していました。なので、この状態でも日本に帰りたいとか日本が懐かしいとかも一切思いませんでした。とにかく部屋から出たくない、誰とも話をしたくないというだけの状態です。

今でもこの時を思い出すと、時系列があやふやで記憶も曖昧な感じです。食事も熱を出してからずっと食べていないので、空腹感すら感じなくなっていました。

そんな状態が1週間位続いたある日、K兄がシビレを切らしていよいよ寝室に入ってきました。K兄は「こんな状態を続けても仕方が無いし体を壊してしまうからきちんと話そう」「ちゃんとシロブチの話も聞くし、何か俺に言いたい事があるなら言ってくれ」と言ってきました。

1週間位経っていたこともあり、風邪もだいぶ良くなっていて、肋骨の痛みも少しは良くなっている頃でした。そんな風に話しかけられ、私もやっと口から言葉を発する事ができました。

K兄が取りあえず食事をしようと言ってきたので、私は「食事はいらない」と言い「私と話がしたいなら取りあえずビールとBOX入りのワインとつまみになる物を買ってきて」とだけやっと言う事ができました。もし買ってこなかったら話はしないつもりでした。

ずっとお酒を飲んでいなかったので、気持ちを楽にしたい一身でした。今までお金が無くて我慢をしていたお酒類・・・もうこの時はお金の事や後先の事がどうでも良くなっていました。

ビールと2リットルのBOX入りワインをK兄は買ってきてくれましたビールを1口飲むと・・・すぅ~と気持ちが楽になり「私今まで何をしていたんだろう・・・」とまずは思いました。そして私に足りなかった物はやっぱりコレ(お酒)だったんだ・・・だからあんなに苦しかったんだとしみじみ思いました。

少しビールを飲んで気持ちも楽になった私達は、おつまにポテトチップを食べながらなんとなく雰囲気も和らいできました。

そして・・・K兄は私がこんな状態でバリ島に住むのが無理ならば、離婚をして日本に帰った方がいいと言い出しました。バリ島みたいな大変な所に連れて来て、苦労をさせてしまったこちらが悪いから、恨みにも思わないし日本で元気にやってくれと・・・

そんなK兄の話を聞いて、さっきまで寝室に引きこもり、一切の感情を持てなかった私にやっと怒りの感情がこみ上げてきました

思わず・・・「私がこんな状態になったのは、私が嫌だといっているのにしつこく外に出ろとアンタが言ってきたからじゃない!バカじゃないの!外に行くとか行かないとかそんな事は私が決める事で強制なんかされたくない!第一肋骨を骨折して熱も下がったばかりで風邪もひいてフラフラで辛いのに、外へ行け行けとうるさいし、そんな状態で暑い中、知らない土地をのん気に散歩する馬鹿がこの世の中のどこにいると思っているんだ!お酒だって高いと文句ばっかり言ってきて全然飲ませてくれないし、たまには飲ませてくれてもいいだろう!何バリ島のせいにしているんだよ!!悪いのはお前だ~!!!」と一気にまくし立ててしまいました

K兄は外に出ろと言っていたことが、そんなに私のストレスになっているとは思わなかったらしく、骨折して風邪をひいてもなんとなく元気そうと思っていたようです・・・←本当にアホなのか?

私がふさぎ込んでいるのはバリ島の生活が嫌になったからで、それなら外に出て少しでも気分転換をした方がよいと考えていたのでした

いや・・・ふさぎ込んでいたのではなく、余りに外に出ろとうるさく言うから嫌になって口をきかなかっただけだと説明をしました。完全に気持ちのすれ違いを起こしていたようです

取りあえず離婚は保留し、余りのバカバカしさに腹がたって仕方が無いのと久しぶりに飲んだお酒が美味しく、もうワインも全部飲んでやる!という感じで、その後は飲み明かしてしまいました。

後でお酒が飲みたくなった時にワインを半分でも残しておけば良かったと後悔をしましたが、この時はこれで気持ちがすっかり晴れて楽になり、寝室の引きこもりから脱出できたのでした←家からの引きこもりはいまだに脱出できてないけどね

ストレスって余り溜めない方が良いですね!私はこの時以来、我慢せずにちょこちょことお酒を飲むことにしました。たくさん思いっきりは飲めないけど(←本当は飲みたいけど)、心の平安は保てています

K兄もこの時の事がショックだったようで、以前は私がお酒を飲んでいるとお金の話をして文句を言ってきたのですが、この件以降は何も言わなくなりました。まぁK兄もお酒が好きなので、理解してくれているものだと考えています。

そして私はこの時に食事をずっとしなかった事(前にもアリの件で抗議の断食をしたことも含めかな?)が原因なのか、大分痩せましたとは言っても前が太り過ぎていたので、まだぽっちゃり状態ですが・・・妹が見ると前と比べて明らかに10kgは見た目が違うそうです。体重は量っていないのでわかりませんが、結果オーライ!?

本当にバカな話ですみません。長くなってしましましたが、お付き合いいただきありがとうございます!一応離婚は回避した私達ですが、この後私はある理由から日本へ一時帰国することを決意します。その内容については次回にさせていただきます



離婚していたら会えなかったね!

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バリ島へ移住をした頃の話

このブログを始めてからというもの、いろいろと変なことばかりを書いてきましたが、以前からちょいちょいと触れてきたバリ島移住直後の生活については、いつか書こうと思ってはいたものの、いまだに余り書くことができずにいました。

そろそろ書いて行こうかな~と突然ですが思いつきました心境の変化というヤツだと思います。

ワクワクするような楽しい話ではない・・・というか内容的にはもみっともない話になるので、今まではなんとなく書くのを躊躇していたのですが、移住については私のブログテーマの1つでもあるので、恥を忍んで書こうと思います。

愚痴っぽい内容になってしまいそうですが、ご興味のある方はお付き合いいただけると嬉しいです

そもそもなぜ私達はバリ島へ移住をしてきたのか・・・単純に集約をして言えばK兄がバリ人だったからです。他にも理由はありますが、まだそこまで書くには頭の中が整理できていないので、今回は控えさせていただきます

私がバリ島へ移住をした当初の9月・10月は、たまたまですがいろいろな友人が入れ代わり立ち代わりバリ島へ遊びに来ていました。K兄もまだ仕事をしていなかったので、ほとんど友人達の観光に付き合っていました。

そしてすべての友人達が日本へ帰った10月後半、K兄と二人だけのバリ島生活が始まりました

私も日本から来たばかりで友人達と観光客気分を味わっていましたが、バリ島での生活費やK兄の仕事など、これからの生活についてやっと目が覚めた感じとなり現実を突き付けられた頃でもあります。

引っ越しや家のリフォーム、車・バイクの購入、その他モロモロでお金がどんどん無くなり、K兄の仕事もまだ見つからずに収入の見込みも無く、移住直前の7月からほぼ無収入という状態で、金銭的に全く余裕のない暮らしが始まりました

また金銭的な余裕が無いために、余りにも高すぎるバリ島のお酒事情が私を精神的に追い詰めていました。日本にいた時のように大好きなお酒を毎日飲むことが出来ないので、私は相当なショックを受けていました

浅はかですが、昔と比べてこんなにもお酒の値段が上がっていることを知らずにいたのです・・・移住前の数年間、K兄は用事があればバリ島へ帰っていましたが、節約のために私のみバリ島へは来ていなかったのです。K兄も2年間ほどバリ島へは帰っていませんでした。

バリ島で生活が落ち着くまでしばらくは楽しい事が出来なくても、美味しい物を食べる事ができなくても、お酒さえ飲めればそれでいいや・・・と考えていた私にとっては大誤算で、この部分については何の覚悟もできていなかったのです。

そして毎日お酒を飲めないどころか、全くお酒を買う事ができなくなりました

テレビも日本のような興味をそそる面白い番組はやっていなし、家の近辺にはまだ何があるのかもよくわからないし、出かけるにもお金が必要だし、お酒は全く飲めないしで、楽しめることと言えば携帯の無料ゲームアプリかインターネットくらいの状態でした←少しは勉強でもしろよっ

こうなると、バリ島で生活をしていても何も楽しくありません。日本の家でテレビを見たり、インターネットをしながらお酒を飲んいる方がずっと良いに決まっています

また、K兄からは「家にばっかり居ないで外に少しでも出ろ」とか「外に出ないとインドネシア語が覚えられない」など、とにかく外に出ろ出ろとしつこく言われ、本当に嫌気がさしていました

「外に出てお金も無いのにいったい何をするのか?」「暑いのに目的も無く外になんか出たくない!」と私が反論をすると「散歩をすれば良いじゃないか」とK兄は言ってきたりして、毎日喧嘩をしていました

私はもともと買い物なども目的や買う物を決めてから行くタイプで、ウィンドウショッピングのような目的を定めずに見るだけのブラブラ歩きは好きではありません。というか堪えられません。

旅行ならそういうのも楽しいですが、それは観光とかお土産や記念品の購入などちゃんと目的があります。新しくできたスーパーの中をブラブラするのも、何が置いてあるのかチェックする目的がありますので、こういうブラブラ歩きなら好きなのですが・・・←決して歩くのが嫌いな訳ではないですよ~

なので正直に言いますと、住宅街をただ散歩するだけなんて全く興味がわきません。すごく方向音痴なので、散歩に出た後に家まで迷わず戻ってくる自信もありません。しかも道はガタガタで犬や鶏の糞やらゴミやらで汚いし、虫もいっぱいいるし、道では蛇も見たことがあります。本当に散歩なんて苦痛なだけです。

それよりもそんな事をするために、バリ島ではまだ高価な部類である日焼け止めを塗らなくてはならない方が気になり、バカバカしくて散歩なんかとても行く気になれません。

日本から持って来たお気に入りの日焼け止めが、目的の無い散歩で消費されることがとても嫌でした←女性の皆さん・・・私のこの気持ちわかっていただけますか?

散歩だからお金を使わずに済むとK兄は考えているようでしたが、私は散歩で現金は使わなくても消耗品は使うし、万一事故にあったり、ノラ犬に噛まれたりしたら、今の私達にとっては大打撃(この頃保険にも入っていなかった)になると考えていました。

たかだか散歩程度でこんなセコイ事を真剣に考えてしまう程、当時は追い詰められていました。

K兄はこの頃、口を開けば「外に出ろ」としつこく言ってくるばかりで、私の意見は全く聞く耳持たずでした。

私はK兄と話をするのも喧嘩をするのも疲れて、もう面倒になってしまったので、K兄とは話さないことにして何を言ってきても無視をしていました。状況としては家庭内別居に近い状態になっていたかと思います。

そしてこの頃は、以前このブログに書いたチョウバエの襲撃(その内容についてはこちらこちらをご覧ください)があった後でもあります。

断水が連続してあったり、家が穴や隙間だらけだったり、家の中をアリやチョウバエが襲撃してきたり、ハエの飛ぶ音(凄い音なんです)に正気を保てなくなったり、K兄から散歩へ行けと毎日責められ喧嘩になったりとお酒以外の事でも苦しめられ、そんなストレスを解消する術も無く精神的にどんどん追い詰められていきました

そして・・・事件は起こりました。

チョウバエの襲撃がすっかりトラウマとなっていた私は、この後とんでもない目にあってしまい、離婚の危機に直面しつつも何とか持ちこたえ、日本へ一時帰国をする事になります

どうしてチョウバエから日本への一時帰国に至るのか・・・(決してチョウバエ退治の薬剤を買いに行った訳ではないですよ)なぜ離婚は回避できたのに日本へ帰ったのか・・・話の流れが変ですが、長くなってしまったので続きは次回にさせていただきます



でも今はこの子達のおかげで幸せです

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プロフィール

シロブチ

Author:シロブチ


2014年9月にバリ島へ移住をしてきました。
現在は夫、猫の姉妹と共に暮らしています。
バリ島への移住についてや猫との暮らし、日々の事などを書いていこうと思います。
どうぞよろしくお願いします!


una&dwi(ウナ&デュイ)




ウナ:白 ♀
デュイ:白黒牛柄 ♀

2014年12月に同じお母さん猫から生まれた正真正銘の猫姉妹(似ていないけれど笑)です。
ノラ猫一家の里親募集がきっかけでうちの子のなりました(^∇^)ノ

その時のブログはコチラです→ 昨年の今日、うちにやってきました!





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掲載していただきました

ねこのきもち2016年4月号

nekonokimoti.jpg

付録巻末ページ「ワールド・ねこ・ライフ from Indonesia」に掲載

我が家のお宝
una1.jpg Drawn by 吟遊紳士さん

制作過程はコチラから→わんにゃん365 『ウナちゃん』 その1

una2.jpg Drawn by 吟遊紳士さん

制作過程はコチラから→色鉛筆講座 『ウナちゃん』 白の使い方 その1

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