3人の男たち・・・結婚と離婚とその未来(4)-最終回

昨日はインターネットがつながらず、続編があるのにブログの更新が1日空いてしまいました

シロブチ宅の場合、インターネットが繋がらないのは技術的なトラブルではなく、またしても料金支払い系トラブルです

まぁ、それはさておき、いよいよ3人の男たちシリーズ(←勝手にシリーズにしてしまった )も最終回となりました。

最後は先週の金曜日に日本人の奥さんと離婚をすると連絡を入れてきた、K兄の友人A男の国際結婚と離婚について書きたいと思います。

A男が結婚をした相手の日本人女性は、B男とは違い一般家庭で育ったごく普通の女性です。

B男の奥さんとは余りにも住む世界が違い過ぎて、会う機会が1度しかありませんでしたが、A男の奥さんとは何となく気が合う感じで、友達になれそうな雰囲気でした。

A男の奥さんも私に対してそう思ってくれた様子で「今まで会ったことのあるバリ人の奥さんの中で、シロブチさんが1番付き合いやすい!これからも仲良くしてね!」なんて言ってくれていました。

2人に子供が授かる前は、何回かA男とその奥さん、K兄と私の4人で遊びに行ったりしていました。

まさかあの人が離婚を決断したなんて・・・今でも信じられないです。

A男の奥さんはとても感じの良いしっかりとした人でしたが、この国際結婚には1つだけ問題がありました。

それは・・・A男の奥さんのご両親が、インドネシア人男性との結婚を快く思っていなかった事です。

A男の場合、国際結婚にありがちな親が結婚を反対するパターンです。でも多分、娘に押し切られたのでしょう。

A男は奥さんと結婚をする条件として「奥さんのご両親と同居をする」という事を求められました。そのことにより、A男は日本に来て奥さんと結婚をすることになりました。

A男の前妻は日本人だったので、A男は前妻の実家に何回も訪れたことがあり、日本に長期滞在をしていたこともあります。

なので、バリ島からいきなり日本へやってきたインドネシア人男性とは違い、日本の雰囲気やルールを十分理解していました。

宗教もクリスチャン(キリスト教)なので、日本人にとって宗教上理解しがたい習慣などもありません。

しかし、奥さんのご両親はA男と同居をした途端、かなり厳しく「日本人としての躾け」を行ったようです。そこでA男が音を上げて、娘と離婚をしてくれれば・・・と考えていたかもしれません。

その頃のA男は、1人でよく私達の家に遊びに来ていました。インドネシア式にわざと手でご飯を食べながらはしゃいだりして、奥さんのご両親と同居をしているストレスを解消していました。

しかしそんなA男も子供を授かり、仕事を頑張って一念発起し、奥さんと子供を連れて奥さんのご両親と別居をしました。

A男の奥さんも自分の両親が躾けと称して、何かにつけA男に厳しく接しているのを目の当たりにし、心を痛めていたようです。

奥さんのご両親との別居については、A男の奥さんも大賛成し、夫婦2人で協力して実現をしました。

新居はアパートでしたが、A男の奥さんは実家から引っ越した後に「遊びに来て!」と私達に連絡をくれました。その時の奥さんの嬉しそうな声をいまだに覚えています。

その後A男は、子供がもう1人授かりました。小さい子供が2人になってからは、なんとなくA男の奥さんと疎遠になってしまいましたが、2人は特に問題も無く暮らしていました。

が・・・ある時A男が交通事故を起こしてしまい、かなりの大けがをしていまいました。長期で入院をすることになり、その事が原因で仕事もリストラをされてしまいました。

退院したA男はリハビリも必要で、仕事もなかなかできず経済的に困窮し、再び奥さんの実家へ家族を連れて戻ることになってしまいます。

その時のA男はかなり落ち込んでいました。K兄に「命が助かっただけでもありがたいよ」「生きていればなんとかなるよ」と慰められては元気を出し、また落ち込むという繰り返しでした。

挫折感もあったのでしょう・・・A男はリハビリも無事に終わって仕事が出来るようになりましたが、仕事に就いてもすぐに辞めてしまい転職を繰り返していました。そして奥さんの実家からはなかなか出ることができずにいました。

そんなダメ男丸出しだったA男でしたが、新たに転職をして就いた仕事が自分にとってピッタリの仕事だったようです。

もともとA男は好きになった事に関しては、とことん突き詰めて努力をしていくタイプです。それからの彼は人が変わったかのように仕事に打ち込みました。

その仕事は技術職でしたが、その仕事に必要な資格や免許も複数取得しました。その中には日本人でも取得が難しい資格も含まれています。

技術職での資格や免許の試験なので、もちろん英語版の試験など無く、すべてが日本語での試験です。技術職がゆえに専門用語などもあるので、外国人にとってはかなり難しい試験だったと思います。

前に私とK兄の国際結婚について書いた時に、K兄も仕事上必要な漢字の習得に苦労をした、そこは褒めてあげたいと書きましたが、K兄なんかの努力は足元にも及ばないくらい、A男は資格や免許の取得に関して勉強が必要だったことでしょう。

A男の奥さんは仕事をしていたので、A男は仕事の他にも育児や掃除、食後の洗い物、洗濯などの家事分担もしていました。本当に頑張ったと思います!

A男は頑張って取得した資格や免許のおかげで、仕事がかなり順調となり収入もそれに比例して増えて行きました。

そして私達がバリ島へ移住をする1年前、都内に1戸建ての新築住宅を購入します。

日本へ来て十数年で、私と同世代の日本人でもなかなかできないであろうことをA男は見事にやってのけました!

奥さんもきっとすごく協力をしたのでしょう。これらは今までA男夫婦が力を合わせて努力をしてきた賜物です!

そんな感じで日本にしっかりと根付いた生活をしているA男でしたが・・・先週の金曜日にK兄へ連絡がありました。その内容は前にも書いた通り離婚の報告です・・・

実はその2週間前位から、A男から何回も連絡があり、K兄の携帯電話に着信履歴がに残っていたようです。

でもまさか離婚についての話しだとは思いもしないので、K兄はなんとなく放っておいたようです←まったくこの男は・・・

K兄がA男からの電話に気が付きバイクを停めて2時間話し込んだ時、A男の顔には全く精気が無く「もう死んでしまいたい・・・」と繰り返し言っていたとのことです。

そしてK兄に、離婚後バリ島へ帰ることができるかどうかについて相談をしてきたのです。

A男は住宅も購入できたので、次のステップとしてなんと日本への帰化申請(日本国籍取得)をしようとしていたようです。本当にやるとなったら、とことんやらないと気が済まないみたいですね!

書類などは揃ったものの、仕事が忙しくてなかなか申請手続きができず、いよいよ昨年の終り頃に帰化申請をしようとしたところ、奥さんから離婚を切り出されたのでした。

理由は・・・またも浮気相手と結婚をしたいからということでした!

しかも、もともとA男と娘の結婚を快く思っていなかった奥さんのご両親は、完全に浮気相手の味方に付いたそうです!

通常日本人同士の結婚ならば、夫婦が離婚の危機に直面した場合、その夫婦の親は相手側がDVや完治不能な精神病や借金、モラハラなど、よほどのことが無い限り夫婦が元鞘に収まるよう動くかと思います。

ましてA男と奥さんの間にはまだ幼い2人の子供もいますし、結婚をして十数年経っています。そして離婚危機の原因は自分たちの娘の浮気です。

子供もいるし浮気なんて一時の気の迷いの方が圧倒的に多いのだから、親御さんはまずは自分の娘に思い止まるよう説得をするのが筋だと思います。

それで離婚を思い止まり、結局浮気は一時的な事だった、離婚をしなくて良かったという人たちもたくさんいると思いますし、どうしても夫婦関係の修復が不可能な場合は、いくら親が説得をしても離婚をするでしょう。

しかしA男の奥さんのご両親は、A男と離婚をするように勧め、浮気相手と再婚するよう自分たちの娘を後押ししたのです。

そしてA男の奥さんは、浮気相手と結婚することを選択しました。A男の味方をしてくれる親族は、この日本には1人もいません・・・

A男は2人も子供を授かり、月々の収入だって同世代の日本人の一般的な収入よりも多く、新築の1戸建てまで購入したのに・・・

A男がインドネシア人であるがゆえ、奥さんのご両親には結局最後までA男が日本でしてきた努力を認めてもらうことができなかったみたいです・・・本当に切なくて胸が締め付けられます・・・

そしてそんなご両親だからこそ、A男も日本への帰化にこだわったのかもしれません・・・

A男は昨年の終り頃に離婚を切り出されてから、先月辺りまで奥さんと十分に話し合ったようですが、離婚を回避することはできませんでした。

離婚の条件として、奥さん側からは数百万円の慰謝料を支払う代わりに、子供たちの養育費を今後はA男が支払っていくか、慰謝料も養育費も無しという状態での離婚を提示されたそうです。

そしてそのどちらかで離婚をすることがもう決定をしたそうです。

購入した住宅は、奥さんと子供たち(そして再婚予定の相手もか・・・)がそのまま住むことになり、残ったローンを支払うことになりました。

慰謝料の提示も住宅ローンの支払いも、この離婚に大賛成である奥さんのご両親が協力をすることになったからこそ実現したようです。

そして子供たちの親権は、当然日本人である奥さんが持つことになります・・・

A男宅は離婚が決定してから家庭内別居の状態になり、行動や食事も奥さんや子供たちとは別になったそうです。

A男はここ2週間程、食事は昼も夜もカップラーメンを食べているとの事でした。来週辺りには家も出て行かなくてはならないそうです。

これは私の個人的な意見となりますが・・・A男は仕事や難しい試験への挑戦などに夢中になりすぎて、いくら仕事や育児、家事等をしていたとしても、奥さんの心の中に対してのケアはできていなかったのではないかと思います。

だから奥さんは浮気に走ってしまったのかな・・・とも思います。

ちょっとダメ男で奥さんしか頼る人がいなかった頃のA男のままであれば、奥さんもA男を放っておけずに今でも夫婦2人で力を合わせて頑張っていたのかもしれません。いろいろと難しいですね・・・

K兄へ電話をしてきた時は精気を失った状態のA男でしたが、バリ島に戻ったらしばらくはうちにいていいよとK兄に言われほっとしたようです。

何せA男は結婚をしてから十数年、一度もバリ島へは戻っていません。バリ島に関しては完全に浦島太郎状態です(まぁ、いまだにK兄も私も浦島太郎状態ですが・・・)。

バリ島へ帰ることを目標に掲げたA男は、その翌日もテレビ電話で連絡をしてきました。その時にはだいぶ表情も明るくなっていました。

取りあえず、今は住宅の購入などで貯金がほとんど残っていないため、その状態でバリ島へ帰るのは余りにも不安だとのこと。

バリ島に帰るための目標金額を設定したので、あと早くて半年、遅くても1年ほど日本で頑張って仕事をするそうです。

そして・・・日本の仕事で手に入れた技術をバリ島でも活かしたい!と最後には目を輝かせていました。

バリ島に帰ったら、まずはナシジンゴ(クタビーチ時代によく食べていた)を食べたいとか、バリ島に帰ったら次こそは日本人女性ではなく、バリ人女性と結婚をしたいなんてことも言っていましたけどね←もう結婚の話ですか!立ち直り早いよね・・・そして懲りないね・・・

K兄にも「結婚の事なんか後で考えろよ!まずはバリ島で仕事をなんとかする方が先だろ!」と怒られていました~

A男には「シロブチさん、バリ島に帰ったらしばらくお世話にになります!大丈夫ですか?よろしくお願いします!」と言われてしまいました・・・←イケメンなので Welcom です!

そんなテレビ電話の最中に、私にはどうしてもA男に聞きたい事がありました。それは・・・

「もし奥さんが謝ってきて、やっぱり離婚はやめようって言ってきたらA男はどうするの?」

A男は「シロブチさん、nasi sudah jadi bubur っていう言葉、知っているでしょう」 と言っていました。

nasi sudah jadi bubur・・・(ご飯はもうお粥になってしまった)→「お粥になってしまったら、ご飯に戻す事はできないよ!」というニュアンスのインドネシアのことわざです。日本語に置き換えれば「覆水盆に返らず」といった具合ですね!

そしてA男は続けて「でも、もし子供たちが、お父さん行かないでって言ってきたら・・・」とここまで言ったところでA男はグッと言葉を飲み込み、それ以上は何も言いませんでした・・・やっぱり子供たちのことは割り切って考えられないよね・・・

その後もA男は寂しいオーラ全開で(やっぱりインドネシア人)、なかなか電話を切ってくれませんでしたが、夕食をまだ食べていなかったK兄が限界になり電話をやっと終わらせました~

思い込んだら一途に頑張るA男なので、きっと来年には元気にバリ島へ帰ってくることでしょう(日本で他に夢中になることが無ければの話ですが・・・)。

これで3人の男たちの国際結婚と離婚の話は終わりになります。そして未来の話ですが・・・

この3人の男たちが未来に向けてそれぞれ下した選択・・・

K兄は、日本で結婚も破たんせず、仕事も問題なく生活も安定していましたが、バリ人ゆえにバリ島へ帰って来ざるを得ませんでした。そして自ら敢えてバリ島へ帰ることを選択しました。

A男は、日本でものすごく努力をして様々な物を手に入れ、最後は家族のために日本人になろうとしましたが、離婚によってその夢は破れました。そして彼は心機一転、バリ島へ戻って1からスタートすることを選択しました。

B男は、日本で最高のものを手に入れて離婚によって何もかも失ってしまいました。定年退職をしてバリ島へ戻って来れるその日まで、子供たちのために日本へ残ることを選択しました。

彼らがもともと出会ったクタビーチでの仕事は、ビーチが夕日に染まったらその日の仕事はおしまいです。この今は良き親友である3人の男たちも、かつては仕事終わりにその夕日を眺めていました。

もしB男が定年退職をするまでバリ島に戻って来なければ・・・この3人の男たちが再びクタビーチで一緒に夕日を眺めるのは、K兄が70歳くらいの頃になるのかな・・・?

その頃にはきっと、3人の男たちが各々選択した道の答えが出ていることだと思います。




例の棚の上でウナ・デュイがまったりしています~

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ウナ・・・あくびをしています!いい気なもんです!

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あくび2回目・・・

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あくび3回目・・・しかもすごく大きい口!怪獣みたい

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そこにいて楽しいですかね・・・Σ(´Д`*)

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3人の男たち・・・結婚と離婚とその未来(3)

今日は前回の予告通り、B男の国際結婚と離婚について書きたいと思います。

B男が結婚をした日本人女性・・・その奥さんのお父様はある機関の偉い人でした。そしてB男の奥さんである自分たちの娘を溺愛しており、娘の言う事はなんでも聞くという感じのご両親です。

B男は奥さんのご両親と奥さんに言われるがまま、何も知らずに日本へ来たので、日本へ来てから初めて奥さんの家庭環境を知ることになりました。

そしてB男は奥さんのご両親の要望もあり、結婚後は奥さんの実家で暮らす事になりました。

B男の仕事に関しては、奥さんのお父様がコネクションであれよあれよという間に決めて、その就職先は・・・はっきり言うと日本人でも就職をすることが難しい職場です。

実力だけでは就職ができず、表向きには知られていませんが、信頼できるコネクションがその職場へ就職をするのに必須条件となります(と私の友達が言っていました~)。

なのでB男は日本に来た時から、かなりのお給料を手にする事ができました。定年退職時にはきちんとそれなりの退職金も支給をされる職場になります。

子供も2人授かり、日本に来てからのB男の人生はバリ島でくすぶっていた頃のB男からは想像もできない、まさしく順風満帆のように見えました。

もともと奥さんは仕事をせずに、ずっとご両親の元で生活をしていました。その流れでB男と結婚をした後も、ご両親がB男夫婦の生活全般を面倒見ていました。

奥さんの実家で暮らしている上に生活費全般もご両親が面倒を見ていて、B男の仕事の給料も良かった為、あっという間にお金も貯金ができました。

B男は根が真面目なのでお金を手にしても遊んで散財する事もなく、貯めたお金でバリ島の結構良い場所にかなり広い土地を買う事もできました。もしかしたら奥さんのご両親から援助もあったかもしれません。

B男は将来、バリ島で奥さんや子供達と一緒に住みたいと考えていました。もちろん、土地を買う事を賛成した奥さんもバリ島に住む考えていたことと思います。

B男は10代後半でバリ島へ仕事を探しに来たくらいなので、生家はジャワ島の田舎です。まさに国際結婚逆玉の輿パターン!ジャパニーズドリームを手に入れた男でした!

K兄と私が知っているバリ島にいた頃のB男のイメージは、日本語もあまり得意ではなく、仕事が無くていつもK兄のコス(アパート)に入りびたり、優しくて真面目だけど気弱なところもあり放っておけないタイプという感じです。

その彼が・・・いまや日本で立派な2児の父親になり、しかもK兄や私のような庶民とは絶対に関わることが無いような職場で働いている・・・そして途端にお金持ちになってしまいました!

最初にバリ島で会った頃のB男のイメージと余りにかけ離れている日本でのB男の生活・・・少しB男が遠い存在になってしまったかのような感じもしました。

しかし日本でB男に実際に会うと、その笑顔はバリ島にいた頃のB男とちっとも変わってはいませんでした(日本語はかなり上達していましたが・・・)。

このように書くと、B男は何の苦労も無く日本の生活を満喫しているように思えますが・・・

日本語もたどたどしいのに、そんなたいそうな職場へ奥さんのお父様のコネクションで放り込まれ、日本語を覚えると同時に仕事も覚えなくてはならず、かなりのプレッシャーがあったと思います。

それでも弱音を吐かずに仕事を辞める事もなく、奥さんと子供のためにきっと見えない所ですごく努力をしていたのだと思います。なので、日本語もみるみるうちに上達したのでしょう。

もうB男は幸せ者以外の何者でもない・・・と思いましたが、そんな彼が離婚をする事になったきっかけは、東日本大震災が起こった時でした。

B男の奥さんは、東日本大震災の影響で子供たちに原発の放射能被害が及ぶ事を恐れて、子供たちを連れてかなり遠い場所へ避難をしました。1年に1度か2度B男と会えれば良いくらいの遠い場所です。

B男は仕事をしながら、奥さんと子供たちに仕送りをするために奥さんの実家に残りました。

奥さんのご両親も娘に仕送りをしていましたが、B男も奥さんに出来るだけの仕送りをしていました。きっと子供達の父親としてのプライドがあったのだと思います。

おかげでB男の奥さんと子供たちは、実家と離れた遠い場所で暮らしていても何ら不自由のない生活が出来ていたようです。B男もできるだけ休みの時は、奥さんと子供に会いに行っていました。

しかし・・・そんな生活も数年が経った頃、なんと!奥さんに恋人が出来てしまったのです!結婚をしているから浮気ということになりますかね?

B男にとってはまさに寝耳に水でした!奥さんからは新しい恋人と再婚をしたいということで、離婚の話を持ちかけられたのです。

本当にこの時のB男はズタボロもいいところでした。泣きながら何回もK兄に電話をしてきていました。

そしてB男は奥さんの一時的な気の迷いであって欲しいと願い、離婚には応じませんでした。B男の子供たちもしきりに「お父さんが可哀想」と言っていたようです。

そんな状態で1年が経った頃、B男は改めて奥さんの気持ちを確かめるために、奥さんが住んでいる場所を訪れました。奥さんの離婚への意思は固く、気持ちもすっかりB男にはありませんでした。

その頃には子供達も母親の恋人にすっかり懐いてしまい、母親を苦しめている父親としてB男を恨むようになってしまっていたそうです。このことでB男も諦めがつき、離婚に合意をすることになりました。

まぁ、この子供を自分の味方に付けるやり方は、この状態の母親なら誰しもやりかねないことですね・・・離れて暮らしていたB男に打つ手は全くありませんでした。

B男が離婚をする際に、奥さんから提示された離婚の条件はとても厳しいものになりました。

バリ島で買った土地については、B男と奥さんの共有財産ではなくて、奥さんの両親が今までB男夫婦の生活を面倒見てきたおかげで買えた土地ということになってしまったようです。

せっかく貯金をして買ったバリ島の土地は売却することとなり、そのお金は奥さん側へ全額返却をすることになりました。

離婚についての慰謝料も請求され、B男は借金をすることになってしまいました。その他に、奥さんと子供のための生活費、子供達の養育費についても月々支払う義務が発生しました。

奥さんはB男から送られる月々の生活費と子供たちの養育費、そしてバリ島の土地を売却したお金とB男からの慰謝料+自分の親からの仕送りで、新しい恋人(結婚をしたかは不明)、子供たちと暮らすことになったようです。

子供達は良いとして、そのお金で他の男と奥さんが暮らしているかと思うと、さぞかしB男は・・・はらわたの煮えくり返る思いをしたことでしょう。

皆さんは「えっ?そもそも浮気をしたのは奥さんでしょ?なんでB男が慰謝料や生活費を払っているの?」と思うのではないでしょうか。

実は放射能被害のために奥さんと子供が避難をして、しばらく別々でに暮らしていたために、その期間は「別居状態にある」ということになってしまったのです。なので奥さんの浮気はお咎めなしです。

B男が奥さんと子供のためにと思ってやっていたことが、すべて裏目に出てしまいました。

また、奥さんのお父様がいなければ仕事もできなかったし生活能力が無かったということで、慰謝料や生活費などの支払い義務も発生しました。子供たちは当然未成年なので、養育費も発生しました。

子供たちの親権も当然奥さんにあります。そして奥さんの希望ということになるかと思いますが、子供たちにはもう会わないという約束もすることになってしまいました。

そしてB男はこの離婚条件に同意をしたことにより、B男が日本で築いた大切なもの・・・自分の子供たちやバリ島の土地を失う事になってしまったのでした・・・いったいB男はどんな酷いことをしたのかというくらい、徹底的に叩きのめされました。

B男もある程度抵抗をすれば、もう少し離婚の条件を有利にできたかもしれません。しかし彼は奥さんが提示する離婚の条件を全て受け入れることにしました。

彼はただの外国人でしかも国籍は開発途上国のインドネシア、そして奥さんは日本人です。

この条件だけでも日本では奥さんが優勢なのに、奥さんのお父様はある程度の力を持っている人です。B男には全く太刀打ちができません。そのことをB男は痛いほどよく理解をしていました。

そしてなによりも両親がずっと諍いをしているということは、B男が愛してやまない自分の子供たちにとって、悪影響にしかならないと彼は考えたのです。

私はこの話を聞いた時に、B男がバリ島で私や妹、幼馴染みを車に乗せている時の事を思い出しました。

警察にカツアゲ罰金を要求されても文句も言わずに「警察だってお給料が少なくて大変なんだよ」と言いながら、給料もほとんどもらっていないはずなのに自腹で罰金を払っていたB男・・・

日本に来てからの生活はあの頃とだいぶ変わったのに、あの時のB男と今も中身は全然変わっていないんだね・・・

これは私の個人的な意見になるのですが・・・奥さんが子供たちと遠くへ避難をした時に、もしB男が何もかも捨てる勇気を出して奥さんや子供達と一緒に遠くへ引っ越しをしていたのなら、もしかして離婚にはならなかったのかもしれません。

お金の仕送りだけでは、あの大災害の後で不安だった奥さんの心の支えになってあげられなかったのではないかと思います。

B男は離婚後もしばらく奥さんの実家に住んでいましたが、いつまでもそういう訳にはいきませんので会社の独身寮に引っ越す事になりました。

B男が奥さんの実家を出て行く時に奥さんのお父様は・・・「B男、本当に娘が済まないことをしてしまった」「B男の事をこんな風にするつもりは無かったが・・・どうか娘を恨まないで欲しい・・・本当に済まなかった」と言ってB男に頭を下げたそうです。

奥さんのお父様もB男のことについて心を痛めてはいたようですが、自分の娘が可愛いので、逆らう事ができなかったようです。

なので、B男の仕事までは取り上げませんでした。B男も奥さんのお父様が謝罪をしたことで、だいぶ気持ちが救われたようです。

K兄と私がバリ島へ移住後、しばらくは「1人で暮らすのは寂しいよ~」と独身寮からK兄に電話をしていましたけどね!最近は連絡が無いので、生活にも慣れて元気にやっているんだと思います。

余談ですが・・・K兄は日本に来てからのB男の生活を散々うらやんでいました・・・

「うちの奥さんは全然お金ないしな~俺たちには誰も援助なんてしてくれないし、コネクションも全然ないよ~いいなぁB男は!すごいよな~」なんて冗談半分、本気半分でよく言っていました。

でも・・・K兄と私がバリ島へ移住をする直前、 B男とK兄、A男の3人で最後に日本で会った時に、B男は泣きながらK兄にこんなことを言っていたそうです。

「自分は日本へ来てから、本当にただの人形だった・・・仕事も子供の事も住む場所も、全て奥さんや奥さんの両親が決めることで、自分は意見1つ言う事すらできなかった・・・」

「本当は奥さんと子供たちと一緒に居れれば、どんな場所に住んでいてもお金が無くても良かったはずなのに・・・」

「バリ島にいても日本にいても、自分の意思でいつも自由にやっているK兄・・・僕はずっとK兄がうらやましかったんだよ・・・僕がしていた生活なんて、ちっともうらやましくなんかないよ!」

私はこのB男の話を聞いて、本当に胸が締め付けられる思いでした。

離婚後のB男は、慰謝料を支払うために作ってしまった借金の返済と奥さんに支払う月々の生活費に養育費、自分の生活費に使うお金で、いくらお給料の良い職場で働いていても手元に残るお金はほんの僅かだそうです。

B男が言うには本当のところ、もの凄~くバリ島へ戻って来たいのだけれども、バリ島へ戻ってしまったら、元奥さんや子供たちのためにお金を送る事ができなくなってしまうと言っています。そうだね・・・頑張れ父ちゃん!

そしてバリ島へは仕事をしている間は、行くことができないだろうとも言っていました。

今でもB男は、会う事すらできない自分の子供たちのために、毎日頑張って日本で仕事をしています。

私はいずれ大きくなった子供たちが、いろいろと理解をすることができるような歳になったら、B男が子供たちの事を思う気持ちをきっと分かってくれる日が来るのではないかと思います。

そして今のB男を支えているのは、会社をめでたく定年退職し、退職金を手に入れて絶対にバリ島へ戻って来るということです!


頑張れ~B男!
K兄とお姉さんは(←ということにして下さい・・・)
一足先にバリ島で待ってるよ~ヽ(´∀`)ノ



ウナ・・・本人は爆睡していますが・・・

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やっぱりいつものごとく手が変なところに・・・
手、しびれないのかねΣ(´Д`*)?

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3人の男たち・・・結婚と離婚とその未来(2)

今回からは、バリ島でほぼその日暮らしをしていたインドネシア人のK兄と友人のA男・B男、3人の男たちについて、彼らそれぞれの国際結婚事例を比較しつつ、A男・B男の離婚について書いていきたいと思います。

まずは代表例として、K兄から・・・

日本へ来たK兄は私との結婚後、私の家族と住むことになりました。

とは言っても、私はとうの昔に父を亡くしており、その時はまだ存命だった母もパート勤務、妹・弟もアルバイト生活というような状態でしたので、経済的に恵まれた環境ではありません。

一軒家を借りてはいましたが、家賃と共有する物のみを月々割り勘で支払い、食事や飲み物、生活用品などは自前で用意するという感じでした。簡単に言うと家族でルームシェアをしている状態です。

妹の旦那も一緒に生活をしていましたが当時はまだ学生でした。妹からは私が結婚をして家を出てしまうと1人当たりの負担金額が大きくなるので、結婚をしてもしばらくは家にいて欲しいと懇願されました。K兄が加われば、家族1人当たりの負担額が減ります。

なので、私達は結婚後もその家で4年程家族と一緒に住んでいました。K兄もこんな私の家族に不満を言わずに付き合ってくれました。

家賃での出費はすごく抑える事ができましたが、私が支払う家賃や共益費はK兄分が入るので2倍になります。ついでに食費などの自己負担額もK兄分が入るので2倍になりました。

日本に来たばかりのK兄のお給料は、手取りで10万円弱・・・とてもK兄の収入だけでは生きていけません。当時私はWワークをしてなんとか凌いでいました。

その後K兄も読み書きができない漢字、バリ島では触れた事すら無いようなワインや料理の事、日本でのマナーなどを勉強し、仕事に必要なことを徐々に克服していきました。

簡単に書いてはいますが、日本語や英語が話せても、日本語の読み書きについてはかなりの努力が必要不可欠な部分です。

仕事に必要な知識や情報も、日本では日本語を読むことが出来なければ仕事に活かす事はできず、仕事自体が成り立たなくなってしまいます。

この辺については「良く頑張ったね!」と褒めてあげたい部分でもあります。

日本では最初から最後までずっと飲食店で仕事をしていましたが、仕事を頑張ったおかげでレストラン関係者からスカウトや紹介等をして頂き、数回の転職を経て最終的には銀座3丁目のレストランで働くようになりました。

インドネシア人という人種の違いはあっても、頑張っている人をちゃんと見てくれる日本人の存在がとても支えになりましたし、本当にありがたかったです。

銀座のど真ん中にお店を出しているようなところは、飲食店でも母体がしっかりとした企業の場合がほとんどです。社員(最終的には本人の希望で契約社員でしたが)にもなり、お給料も同年代の日本人男性と同じ位の金額が支給されていました。

妹の旦那も学校を卒業し無事日本で就職もできて生活が安定したので、妹と結婚をしました。母が亡くなった事もあり、それからの私達は共同生活をやめて、各々別の住まいで暮らしていました。

K兄が日本へ来て数年後、私達はバリ島のジンバランに今住んでいる土地付きの家を購入しました。私も仕事をしていたので、その後も日本での生活において困窮をすることはありませんでした。

そして結婚をしてから日本に13年住むことになりましたが、K兄はバリ島に戻るという選択をしました。

バリ島では一般企業の会社員として働いていますが、今の会社に就職が出来たのも、業界こそ違いますが日本で仕事を長期間していた経験があったからです。

端的に申しますと、私達の国際結婚事例は親などからの経済的支援は一切なく、結婚相手である日本人(シロブチ)も経済的に裕福ではなく、インドネシア人側は日本で仕事をして自力でお金を稼いでバリ島に土地付きの家を購入しました。また、日本での経験があったからこそ、バリ島に戻ってきても仕事を何とか見つける事ができました。

ジャパニーズドリーム的な事は特に無く、地味で面白味には欠けますが、本人がコツコツと日本で努力をして母国に帰ってきたパターンになります。

土地や家、お金といった物質的な面だけではなく、日本に行ったからこそ手に入れる事ができた知識や経験もあります。

逆にお金という部分では、日本へ行ったとしてもそう易々と手に入る物では無いことは、日本にお住いの皆様の方がご理解いただけると思っております・・・(T_T)

バリ島に帰る帰らないは別にして、細かい差や違いはあれど、私達の場合はインドネシア人が日本人と国際結婚をして、日本へ行った場合に一番よくある一般的なパターンなのではないかと思います。

私が恥を忍んで敢えて私達の国際結婚について触れたのは、結婚相手の国が経済的に日本よりも劣っていたとしても、お金目当ての結婚詐欺のような国際結婚というパターンは少ない(でも決して無い訳ではありませんが・・・)と思います。

私や私の妹も含め私の周りで国際結婚をした人たちは、私の知る限り自力で日本人と変わらぬ普通の生活をしているパターンが実際には1番多い例だということを、日本の皆様に知って欲しいと考えたからです。

いくら国同士で経済格差があったとしても、日本人と結婚をして日本へ行ったとしても、今の日本でサクセスストーリーが待っているなんてことはそうそうありません。

そしてK兄の国際結婚事例は余りにも普通(中のなかの中)なので、これから書く他2人の男たちの結婚・離婚例と比較対象になり易いからということもあり、私とK兄の事を最初に書いてみました。

前回にも触れましたが、A男・B男の離婚のきっかけは日本人である妻側に問題がありました。しかしその内容は国際結婚ゆえに理不尽な内容も含まれるので、考えさせられる部分があるかと思います。

次回はB男の結婚と離婚について、いよいよ書いて行こうかと思いますが、B男の場合は数少ないジャパニーズドリームを手に入れたパターンです。そして離婚によって多くの大切なものを失ってしまいました・・・

日本人とインドネシア人の国際結婚について、日本人の多くは表向きには結婚を祝福していたとしても、結婚相手のインドネシア人がお金持ちではない限り、実際のところ「インドネシア人に騙されているのでは・・・?」とまずは考えてしまうところが本音だと思います。

また、インドネシア人と日本人の国際結婚について、インドネシア人側はお金目的で良い生活(=日本に住みたい!)がしたくて日本人と結婚し、日本に住んでいるのではないか・・・・と悪意はなくてもつい思ってしまうのではないでしょうか?

これらの考え方について、私は否定も肯定もしませんし、良い悪いも判断ができません。私もインドネシア人と結婚をしていなければ、そう考えていたかもしれないからです。

むしろそのように考えてしまうのも仕方の無いことだと考えています。今の日本とインドネシアでは余りにも経済格差が大きすぎるからです。

でも結婚をして日本へ行ったインドネシア人の多くは、インドネシア人側が日本へ行くことを熱望したというよりも、日本人配偶者側の希望でインドネシアではなく、日本で生活する事を選択した場合が多いと思います。

これから書くA男・B男も、配偶者側の親御さんの要望で日本に住むことになりました。かわいい娘をバリ島なんかで生活をさせて苦労をさせたくなかったのだと思います。

そして・・・A男、B男のこれから書く話をご覧いただき「この様な生き方をしているインドネシア人が日本に居るんだ!」と思っていただけると嬉しいです。

また「インドネシア人って努力とか辛いことはやらないでしょ?」というイメージもあるかと思いますので「日本に住んでいるインドネシア人は頑張っているぞ~ 」というところが、ほんのちょっとでも良いのでお伝えできればと考えています(。>ω<。)ノ

ところで、今このブログを書いていてふと思いました・・・私とK兄の結婚事例の話・・・やっぱりいらなかったよなぁ~A男・B男の話をさっさと書けば良かった~Σ(´Д`*)

でも、もう書いちゃったのでこのまま載せてしまいます・・・スミマセン



デュイ「ちょっとお姉さん!」
ウナ「何よ!」

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デュイ「私も前に出て写真に写りたいわ!」
ウナ「イラッ!」

151026_1.jpg

デュイ「入れてよ~」ぐいぐい・・・
ウナ「嫌よ!あなたが入ると狭いんだもの!」イラッ!

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結局デュイは入れてもらえませんでした~←というかすべて妄想です

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3人の男たち・・・結婚と離婚とその未来(1)

先週の金曜日、K兄が仕事を終えて帰宅をしたのは夜中の12時半頃でした←定時は9時~17時です(まぁ、定時に仕事が終わる事はまず無いのですがね)・・・(・Д・)ノ

その日は前回書いた従弟が早朝突撃訪問をしてきた日でもあります。K兄が遅刻をして会社に出勤をしたので、てっきりその埋め合わせで遅くなったのかと思っていたのですが・・・

実際は日本にいるK兄の友人(インドネシア人)から連絡があり、バイクを止めて2時間程話し込んでいたらしいのです(←話ながっ)Σ(゚Θ゚) その友人とは当然私とも共通の友人であります(=゚ω゚)ノ

なんと!その友人が連絡をしてきた内容は、奥さん(日本人)と離婚をする事が決まったということでしたΣ(゚д゚|||)

友人の奥さんとは、友人夫婦に子供が授かる前に何回か会った事があります・・・まさかあの友人夫婦が離婚をすることになるとは!もう結婚して10年以上は経っているはず・・・子供も2人いるはずなのに・・・

金曜日、K兄に連絡を入れた友人は「もう死にたい」と最初は言っていたらしいのですが、K兄に離婚後はバリ島へ戻って来たいと相談をしたらしく・・・

「バリ島に戻ってくると最初は大変だけど、生活が安定するまで俺の家に居たらいいよ」「いつでも戻って来れるよ」と話したそうで、友人も少しは元気になったとのこと←うちにいったい何人呼び寄せるつもりなのか・・・Σ(゚Θ゚)

でもこの友人に関しては親戚より親しい間柄で日本語も話せるし、私の酒好きなところとかも総て知っているので、困ったらいつでもいらっしゃい welcomです~(^∇^)ノ

そして昨日もその友人から連絡があり、久しぶりにK兄、友人、私の3人でテレビ電話を使って夜遅くまで話をしました←最近は本当に便利

また少し前の話になりますが、K兄と親しい別の友人(インドネシア人)も日本人女性と離婚をしています。前出の友人とは共通の友人で、3人は親友同士です。

私は「これで私達が離婚をしたら完璧だね!私が離婚をして日本に帰ったら、この家に仲良し男3人で暮らすといいよ!」と思わず言ってしまいました~

K兄は「俺もそう思った!だからこの家には部屋が3つなのかって・・・ていうかそれは勘弁してくれ!」なんて言っていました

でもこの3人は、その話が冗談にはならない位の親友なのです(^∇^)ノ

そんな事もあり、今回はインドネシア人仲良し3人男の結婚と離婚とまだわからぬその先の未来について、書かせて頂きたいと思います(^-^)/

多分サクッと終わらせることができない内容になるかと思いますので、毎度申し訳ございませんが、続編が発生するパターンになりそうです もしよろしければ、ご覧いただけると嬉しいです(*´v`)

3人のインドネシア人男性・・・1人はK兄、先日K兄に離婚の報告をしてきた友人をA男、そしてもう1人の友人をB男として話を進めさせていただきます

簡単に人物の紹介をまずはさせて頂きます!

K兄はバリ島生まれのバリ島育ち、宗教はもちろんバリヒンドゥーです。

A男は両親の都合で、幼い頃からジャカルタとバリ島を行ったり来たりの生活をしていました。宗教はクリスチャン(キリスト教徒)。

B男は生まれも育ちもジャワ島で、10代の後半にバリ島へやってきました。宗教はモスリム(イスラム教徒)です。

この生まれも育ちも宗教も・・・ついでに年齢も違う3人は今でも仲の良い友人です。共通点は3人とも奥さんが日本人で、結婚後は日本で10年以上も生活をしていることです。

そして・・・3人とも1990年代の日本人観光客全盛期(恐らく)にこの頃は悪名高いクタビーチで仕事をしていたことです(-∀-)

彼らの出会いはバリ島のクタビーチ・・・その頃はK兄が20代半ば、A男は20代前半で日本人(前妻)と結婚をしてバリ島に住んでいました。B男は10代後半でバリ島に仕事を求めやってきたばかりの頃でした。

A男は最初K兄の仕事を手伝っていましたが、その後独立しそれぞれ職種の違う仕事をしていました。独立をした後もK兄とは職種間でのパートナー的存在でした。B男はK兄の仕事をなんとなく手伝いつつ、K兄が住んでいたコス(アパート)に入り浸っていました。

なのでK兄の仕事中、私は仕事が無いB男とK兄のコス(アパート)でお留守番ということが多々ありました。

A男は若干芸術家肌タイプで夢を追いかけてしまうところもありますが、好きになった事についてはとことん突き詰めて、努力を怠らない真面目な努力家タイプです。

B男は暇つぶしに私や妹や私の幼馴染みを観光や遊びに連れて行ってくれたり、ガイドではないのに私達日本人をK兄の車に乗せて連れていたので、よく警察からカツアゲ罰金を取られたりなんかをしていました

そんな時B男は「警察もお給料が少ないから大変なんだよ」と言って、私達が罰金を支払うといっても受け取らず、自分だって給料なんかもらっていないのに自腹で罰金を払うような(私達は遊びに行っているだけなので、もちろんガイド代をB男に払っている訳ではない)生真面目で心根の優しいタイプです。

そんな彼らに転機が訪れたのは、2000年代初頭の頃です。K兄はクタで稼いだお金を元手に実家で小さな工場を作って仕事をしていました。

しかし実家の家族のある都合で実家が手狭になったので、独身だったK兄はその工場を親族に譲り渡して実家を出る事になり、私との結婚を機に行くのを嫌がっていた日本へ行くことになりました

その頃A男は子供がいなかったこともあり、前妻と性格の不一致により離婚、B男は何とか自分で仕事をして自力で生活ができるようになっていました。

K兄が日本へ行く少し前に、まずはB男が日本人女性と結婚し日本へ行きました。そしてK兄も私と結婚をして日本に住むことになり、それに続くようにA男も日本人女性と再婚し日本へ来ることとなりました。3人は再び日本で再開をする事になったのです。

しかし・・・日本では仕事も忙しく、A男・B男もそれぞれ子供を2人授かった事もあり、本当にたまにしか会う事は出来なかったのですが・・・なんとなくお互いに元気でやっているという確信もあり、会う事ができれば昔と変わらず話せるような旧知の仲となっていました。

そして月日が経ち・・・私達がいよいよ来年にはバリ島へ移住をするかもしれないということになった頃、B男が離婚をすることになります・・・

日本とインドネシアのように経済格差のある国際結婚は、よく経済的に困難な国の配偶者にお金目当てで騙されるというイメージがあるかと思いますが・・・確かにそのような例もあるでしょう・・・

また、国際結婚の場合はどちらかが相手国に住むことになり、母国を離れる事が必須になります。その事で住むことになった国に馴染めずに、あえなく離婚に至るケースも多いかと思います。

しかしこの友人たちの離婚に関しては、結果的に日本人女性側の問題で離婚へと発展してしまいました。もちろん彼女たちをそこまでさせてしまったのは、夫である友人たちにも何らかの問題があったのでしょう・・・

K兄の友人たちの離婚・・・これから書く2つのケースに、皆さんは国際結婚についてどの様にお感じになるでしょうか・・・私は今この友人達の事を思うと、とても切なく胸が締め付けられます。

ということで・・・案の定ですが続きは次回になります(//>ω<)



お風呂から上がって寝室に来てみると・・・
ウナ・とデュイがまったりしています~

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ウナ・・・手がまた変な所にΣ(´Д`*)

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プロフィール

シロブチ

名前:シロブチ


2014年9月にバリ島へ移住をしてきました。
現在は夫、猫の姉妹と共に暮らしています。
バリ島への移住についてや猫との暮らし、日々の事などを書いていこうと思います。
どうぞよろしくお願いします!




una&dwi(ウナ&デュイ)
ウナ:白 ♀
デュイ:白黒牛柄 ♀

2014年12月に同じお母さん猫から生まれた正真正銘の猫姉妹(似ていないけれど笑)です。
ノラ猫一家の里親募集がきっかけでうちの子のなりました(^∇^)ノ

その時のブログはコチラです!




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